「採用できてもすぐ辞める」を防ぐ仕組みづくり

やっと採用できたと思ったら、半年もたたずに辞めてしまった。求人広告費も面接の時間もかけたのに、また同じ苦労を一から繰り返す。中小企業の経営者であれば、一度は味わったことのある徒労感ではないだろうか。

こうした離職は「本人と社風が合わなかった」「今どきの若い人は根性がない」という言葉で片付けられがちだ。だが実際には、企業の規模が小さいほど離職率が統計的に高くなる構造がある。個人の資質や運の問題というより、入社直後の受け入れ方そのものに、防げたはずの離職の芽が潜んでいることは少なくない。

この記事では、公的な統計をもとに「なぜ中小企業で離職が起きやすいのか」を整理したうえで、総務や経営企画を兼務する担当者の負担を、AIでどこまで軽くできるのか、逆にAIでは手が届かない部分はどこなのかを分けて考える。

中小企業ほど離職率が高いのは、構造の問題でもある

厚生労働省が公表している「新規学卒就職者の離職状況(令和4年3月卒業者)」(令和7年10月24日公表)によれば、新卒者の3年以内離職率は高卒37.9%、大卒33.8%と、依然として3割を超える水準にある。ここで見過ごせないのが、事業所の規模別の差だ。高卒の場合、従業員5人未満の事業所では63.2%が3年以内に離職している一方、従業員1,000人以上の企業では26.3%にとどまる。大卒でも同様の傾向が見られ、規模が小さいほど離職率が高い(出典:厚生労働省「新規学卒就職者の離職状況(令和4年3月卒業者)」、確認日:2026-07-04)。

この数字が示しているのは、「小さな会社は辞められやすい」という単純な話ではない。大企業と同じ受け入れ体制を敷く余力がないまま、限られた人数で新人を迎えている実態が、そのまま数字に表れているとも読める。採用の入り口だけでなく、入社してからの数ヶ月間に何が起きているかを見ておく必要がある。

辞める理由の上位は「人間関係」。しかも勤続が短いほど比率が上がる

では、実際に何が離職の引き金になっているのか。厚生労働省「令和5年若年者雇用実態調査の概況」(令和6年9月25日公表、常用労働者5人以上の事業所約17,000社・若年労働者約23,000人が対象)では、初めて勤めた会社を辞めた理由として、若年正社員の回答は次の順になっている。

  • 1位「労働時間・休日・休暇の条件がよくなかった」28.5%
  • 2位「人間関係がよくなかった」26.4%
  • 3位「賃金の条件がよくなかった」21.8%
  • 4位「仕事が自分に合わない」21.7%

注目したいのは、勤続期間が短い層ほど「人間関係がよくなかった」と答える割合が高くなる傾向だ(出典:厚生労働省「令和5年若年者雇用実態調査の概況」、確認日:2026-07-04)。つまり、入社して間もない時期ほど、職場の人間関係やなじめなさが離職の決め手になりやすい。これは、労働時間や賃金といった制度上の条件とは別に、「入社直後の受け入れ方」そのものが独立した離職リスクであることを意味する。

同調査では、若年正社員向けの定着の取組を実施している事業所は73.7%まで増えているものの、その内容の多くは「労働時間の短縮・休暇取得の促進」に集中している。人間関係やなじみやすさへの直接的な手当ては、まだ手薄になりやすい領域だと言えそうだ。

兼務担当者の9割以上が「ノウハウがない」「時間がない」

とはいえ、「新人が孤立しないように、もっと丁寧に受け入れよう」と頭でわかっていても、実行に移せない事情がある。多くの中小企業では、新人の受け入れ(オンボーディング)を専任で担当する人がいない。総務や経営企画の担当者が、他の業務と兼務しながら片手間で対応しているのが実態だ。

株式会社月刊総務が実施した「オンボーディングについての調査」(2022年9月、総務担当者117件が回答)では、オンボーディングに課題を感じている担当者が9割以上にのぼり、その理由として「実施するためのスキルやノウハウがない」が最も多く、次いで「何をすればよいかわからない」39.5%、「取り組むための時間がない」37.7%が挙がっている。同調査では、オンボーディングが充実している企業ほど「定着率が高い」と回答した割合が高く、充実していない企業との差は22.0ポイントに及んだ(出典:月刊総務「オンボーディングについての調査」プレスリリース、確認日:2026-07-04)。

この調査は回答数117件と規模が大きくなく、業種や企業規模の内訳も公開されていないため、数字を絶対視はできない。ただ、「ノウハウがない」「時間がない」という理由の中身は、多くの中小企業の実感に近いのではないだろうか。担当者に悪気がなくても、そもそも受け入れ体制を整える余力自体が足りていない、という構造の問題がここにある。

中小企業庁「2025年版中小企業白書」の概要版でも、人材育成の取組を「増やした」事業者は「増やしていない」事業者に比べて定着率が高いと回答する割合が高く、待遇改善に加えて「社内のコミュニケーションが円滑であること」「風通しの良さ」が定着につながっている可能性が指摘されている(出典:中小企業庁「2025年版中小企業白書」概要、確認日:2026-07-04。なお本文の該当章はアクセス制限により直接確認できておらず、詳細は今後の公開情報での再確認が望ましい)。定着に効くのは、賃上げのような「制度」だけでなく、日々のコミュニケーションの積み重ねという「運用」の部分でもある、ということだ。

AIに任せられるのは「下書き」まで。話を聞くのは人間の仕事

ここで初めてAIの話に戻る。結論から言えば、AIにできるのは、兼務担当者が抱えている作業の一部を軽くすることであって、人間関係そのものを作ることではない。できること・できないことを分けて考えたい。

AIに任せられる範囲

  • 新人向けFAQ・マニュアルのたたき台作成:業務手順や社内ルールを箇条書きでAIに渡せば、新人にも読みやすい説明文の下書きを作ってもらえる。ゼロから文章を作る手間は減らせるが、内容が正しいかどうかは必ず人間が確認する必要がある
  • 定型的な問い合わせ対応の下地づくり:「有給の申請方法は」「経費精算はどうすれば」といった、新人から毎回同じように聞かれる質問への回答を整備しておき、そのたびに時間を取られる状態を減らす
  • 定期面談前の質問項目・声かけ文面の下書き:「入社1ヶ月の時点で何を確認すべきか」といった質問リストのたたき台をAIに出させ、担当者が内容を確認・修正してから使う。ゼロから考える負担は減るが、実際に面談をして話を聞く姿勢そのものは人間の仕事のまま変わらない
  • 面談メモ・日報の整理:話した内容の要点をAIに整理させ、後から振り返りやすい形にしておく

AIには任せられない範囲

  • 人間関係や職場の雰囲気づくりそのもの:離職理由の上位に挙がる「人間関係」や、心理的に安心して働ける空気は、AIが直接作れるものではない。日々の声かけや、上司・同僚の姿勢の積み重ねでしか育たない
  • 新人が実際に安心して質問できる関係性:FAQを整備しても、そもそも「聞きにくい空気」があれば使われない。仕組みを整えることと、それが使われる環境をつくることは別の課題だ
  • 評価や処遇への納得感:離職理由の上位である「労働時間・休日」「賃金」の条件そのものは、AIでは変えられない。ここは制度・待遇に関わる経営判断の話になる
  • 兼務担当者の負担そのものの解消:AIは作業にかかる時間を減らす効果はあっても、「誰が定着支援の責任を持つか」という体制の問題までは解消しない。むしろ下書きが早くできる分、確認や面談など、人にしかできない部分に時間を振り向ける設計が必要になる

「AIを導入すれば定着率が上がる」という単純な話ではない。中小企業白書や厚労省の調査が示しているのは、定着に効くのは待遇改善とコミュニケーションの円滑さであり、AIはその実行を下支えする道具の一つに過ぎない、ということだ。

ある会社の場合(架空の事例)

以下は、実在する特定の企業の事例ではなく、複数の中小企業でありがちな状況をもとに構成した、典型例としての紹介であることをあらかじめお断りしておく。

地方で建材の卸売業を営むある会社では、総務担当者が経理や庶務と兼務で採用・受け入れ業務も担っていた。新人が入るたびに、業務マニュアルを一から書き直す時間が取れず、口頭での説明に頼っていたため、同じ質問に何度も答える場面が続いていたという。

そこで、既存の業務手順のメモや過去の説明資料をAIに渡し、新人向けのFAQの下書きを作らせるところから始めた。できあがった文章はそのまま使わず、実際の業務に合わせて担当者が手直しをしている。また、入社1ヶ月・3ヶ月の面談で聞くべき項目のたたき台もAIに出させ、話す内容を毎回一から考える手間を減らした。

数値としての効果を測ったわけではないが、担当者からは「同じ説明を繰り返す時間が減った分、実際に新人と話す時間に充てられるようになった」という声が出ている、という想定である。あくまで、下書き作成の負担を減らし、浮いた時間を人にしかできない部分に振り向けた、という範囲にとどまる話だ。

士業・地域金融機関の担当者へ

離職率の高さや定着の悪さは、顧問先や融資先の事業継続リスクに直結する。採用コストが繰り返し発生している会社は、資金繰りの面でも見過ごせない兆候だ。

社会保険労務士は、就業規則の整備やハラスメント防止体制の構築を本来業務として担っており、「定着支援」は既存の顧問業務と親和性が高い。オンボーディングの整備自体は社労士の本来業務ではないとしても、離職防止の相談を受けた際の周辺提案として位置づけやすい(参考:全国社会保険労務士会連合会、確認日:2026-07-04)。

ここで大切なのは、特定のAIツールを勧めることではない。「まず何が離職の引き金になっているのか(人間関係なのか、労働条件なのか、教育の不足なのか)を分解して考える」きっかけとして、この記事のような視点を顧問先や取引先に共有することだ。原因を切り分けないまま「とりあえず何かツールを入れましょう」という提案は、かえって遠回りになりかねない。

振り返りチェックリスト

  • 新人が辞める理由を「合わなかった」で片付けず、入社何ヶ月目に離職が多いか振り返ったか
  • FAQやマニュアルが整備されておらず、同じ説明を毎回口頭で繰り返していないか
  • 定期面談の実施自体が、担当者の忙しさを理由に後回しになっていないか
  • 受け入れ体制の整備を、特定の一人の兼務担当者だけに背負わせていないか
  • AIに任せているのは「下書き」までで、最終確認や面談は人が行う設計になっているか

まとめ・CTA

離職は、特別な会社だけに起きる特殊な問題ではない。企業規模が小さいほど統計的に離職率が高くなる構造がある以上、どの中小企業にも起こりうる話だ。そのうえで、入社直後の人間関係のつまずきが離職の大きな引き金になっているのであれば、そこに手当てできる余地は十分にある。

AIにできるのは、兼務担当者が抱えるFAQ作成や面談準備の下書きといった作業を軽くすることまでだ。人間関係づくりや評価の納得感そのものは、これまで通り人の手に委ねられている。まずは自社の受け入れ体制のどこに時間を取られているかを洗い出すところから始めてみてほしい。


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