名刺交換をした翌週、ふと思い出す。「あの件、返信したっけ」。手帳をめくっても、スマホのメモを探しても出てこない。結局、相手から「その後いかがですか」と催促が来て気まずい思いをする。あるいは逆に、こちらから見積りを出すのが遅れて、気づけば競合の話が進んでいた。
こうした「あるある」は、担当者の能力の問題というより、営業の仕事が一人の頭の中に溜め込まれやすい構造の問題だ。専任の営業事務を雇う余裕がある会社ばかりではない。社長自身が商談もするし、見積りも作るし、請求書も出す。そうなると、フォローの優先順位はどうしても後回しになる。
対面での商談が多い卸売業や小売業では、この傾向が特に強い。展示会や取引先まわりで名刺を何十枚も受け取った後、事務所に戻ってから一件ずつ思い出しながら対応する、という光景は珍しくない。建設業のように現場と事務所を行き来する業種でも同じで、日中は現場に出ていて事務作業は夜や休日にまとめて片付ける、という会社は多いはずだ。
人手不足は経営課題の最上位、営業もその渦中にある
帝国データバンクが2026年1月20日から2月6日にかけて実施した「企業の経営課題に関するアンケート」(経営層・マネジャー5,241件が回答)では、「人材強化(採用、定着、育成)」が90.2%でもっとも多い経営課題として挙げられている(出典:帝国データバンク、確認日2026-07-04)。同調査では営業に近い課題として「既存顧客との取引深耕」66.0%、「販路開拓」60.5%も上位に並んでおり、報告書では「限られた人員のなかでニーズの高い顧客層を把握することや事前準備の精度を高めることの重要性」が指摘されている。
2026年4月24日に公表された中小企業庁の「中小企業白書・小規模企業白書」でも、2010年代以降多くの業種で人手不足感が強まっており、労働供給制約社会の到来により中小企業の雇用者数は2040年に2018年比で8割半ばまで落ち込む可能性があるという見通しが示されている(出典:中小企業庁プレスリリース、確認日2026-07-04)。同白書では建設業について、他業種と比べても人手不足感がとりわけ強いことも指摘されている。
つまり、営業事務を新たに雇って解決するという発想自体が、そもそも成り立ちにくい環境にある。人を増やせない前提で、今のやり方を見直すしかない会社が大半だ。
中小企業の実際のAI活用は、営業分野で2番目に多い
「うちのような小さな会社にAIは関係ない」と思う経営者は少なくない。だが実態は少し違う。中小企業基盤整備機構が2026年3月に公表した「中小企業のAI等の利活用に係る実態調査」(東京商工リサーチへの委託調査、対象は全国中小企業10,000社、有効回答1,668社)によると、AIを全社または一部業務で導入している企業は20.4%、導入を検討中の企業を合わせると39.0%に上る(出典:中小機構、確認日2026-07-04)。
業務分野別に見ると、AI導入率は総務・管理部門68.3%に次いで営業・販売・サービス部門が60.3%と2位に位置している。導入目的としてもっとも多いのは「業務効率化・作業時間の短縮」で87.0%、「人手不足対応」は31.7%だった。導入効果についても「業務効率化・作業時間の短縮」83.2%、「人手不足対応」33.9%と、目的通りの手応えを感じている企業が多い。
参考までに、総務省「令和7年版情報通信白書」では、営業・マーケティング分野で55.2%の企業が生成AIを業務利用していると回答している(出典:総務省、確認日2026-07-04)。ただしこの調査は企業規模を問わない全体の傾向であり、大企業も含む数値である点には注意しておきたい。中小企業に限った実態としては、先の中小機構の数字のほうが実感に近いはずだ。
「導入すれば解決」ではない。よくある落とし穴
数字を見ると前向きな話に聞こえるが、AIを入れれば自動的にフォロー漏れがなくなるわけではない。中小機構の同じ調査で、AI活用を進めるうえでの一番の壁として挙がったのは「成功事例や活用事例などの情報」が足りないこと(83.3%)だった。つまり、多くの会社が「何をどう任せればいいのか」がわからないまま足踏みしている。
これを踏まえて、実際に取り組む前に知っておきたい落とし穴を挙げる。
- 目的が曖昧なまま始めてしまう。「とりあえずAIを使ってみよう」では、何を任せて何を自分でやるかが定まらず、結局元のやり方に戻ってしまうことが多いと、複数の実務系の記事で指摘されている。
- 誰が使うかが決まっていない。専任担当がいない会社ほど、「言い出した人がなんとなく触って終わる」状態になりがちだ。フォローの下書きを誰が確認し、誰が送るのかを最初に決めておく必要がある。
- 月に一度も振り返らない。一度設定して終わりにすると、商談の内容が変わっても運用が更新されないままになる。
- 業務のやり方自体がバラバラなまま、ツールだけ足す。もともと担当者ごとにフォローのタイミングも見積りの書き方もバラバラな会社に、AIだけ後付けしても、結局バラバラな運用が続いてしまう。
いずれも一次統計に基づく数値ではなく、実務の現場でよく語られる傾向として受け止めてほしい。逆に言えば、これらの落とし穴さえ避ければ、「いつも使っている言葉で頼めるAI」は、雇わずに手を借りる選択肢として十分現実的だ。フォロー漏れがゼロになると約束できるものではないが、漏れを減らす仕組みとして使える、というのが実際のところだろう。
業務を機能ごとに分けて考える
「営業をAIに任せる」とひとまとめに考えると、何から手をつければいいか迷う。営業の仕事を小さな機能に分けて、それぞれ「今のやり方のまま頼めるか」を考えてみるとわかりやすい。
- 商談後のフォロー通知:名刺交換や打ち合わせの内容をメモした時点で、「いつまでに何を送るべきか」を思い出させてもらう
- フォローメールやメッセージの下書き:話した内容をそのまま伝えれば、返信文の叩き台を作ってもらう。文面を丸ごと任せるのではなく、自分の言葉に直す前提の下書きとして使う
- 見積りの叩き台作成:過去に近い案件の内容を伝えれば、項目や金額感のたたきを作ってもらい、最終確認と金額判断は自分で行う
- 商談前の準備メモ:相手の業種や過去のやり取りを整理してもらい、話す内容の抜け漏れを減らす
大事なのは、AIに主導権を渡すことではなく、今まで頭の中でやっていた整理や下書きの一部を肩代わりしてもらうという発想だ。最終判断や相手との関係づくりは、これまで通り自分たちの仕事のままでいい。
この分け方は、卸売・小売業のように一日に何件も商談をこなす業種でも、建設業のように現場から戻ってからまとめて事務作業をする業種でも、そのまま当てはめやすい。業種によって商談の中身は違っても、「フォロー・下書き・見積り・準備」という機能の分け方自体は共通して使える。
士業や地域金融機関の担当者にとっても、この視点は顧問先への助言に使える。営業事務を増やす余裕がなく機会損失が起きていそうな顧問先には、「人を雇う前に、まず今の営業業務をこの4つの機能に分けて棚卸ししてみませんか」と提案するだけでも、会話の入り口になるはずだ。
まとめ・CTA
営業事務を一人雇う余裕がなくても、フォロー漏れや見積りの遅れを放置しなくていい方法はある。専任担当を置く代わりに、今の業務のやり方はそのままに、負担の大きい部分だけをAIに手伝ってもらうという発想だ。
まずは自社の営業の流れを、フォロー・下書き・見積り・準備といった機能に分けて書き出してみることから始めてみてほしい。どこに一番時間を取られているかが見えてくれば、次に何を任せるべきかも自然と見えてくるはずだ。

コメントを残す